大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(う)2453号 判決 1957年2月23日

控訴人 被告人 小出祐治 外二名

弁護人 大坂忠義

検察官 大平要

主文

本件各控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は全部被告人三名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人三名の弁護人大坂忠義作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これをここに引用し、これに対して次のとおり判断する。

控訴趣意第一点について。

原判決が、その理由において、本件被告人らが共謀の上、焼ちゆうに、水飴やグリコース、グリタミン、砂糖、清酒粕みそ等を湯で溶解して瀘過したものを混和して、更にこれを瀘過する方法により製造した調みりん「総統」と称するアルコール分約三・八度ないし約四・四度を含む液体を酒税法施行令第九条所定の「その他の雑酒」第二級に該当するものと認定し、これに対して酒税法第七条第一項、第四十三条第一項、第五十四条第一項等を適用処断していることは、所論のとおりである。しかるに、所論は、被告人らの製造にかかる原判示調みりん「総統」と称する液体は、酒税法第二条第一項所定の「酒類」ではないから、これを「酒類」と認定して、前示法条を適用した原判決は、法令の適用を誤つたものであつて、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである旨主張するにより、案ずるに、酒税法第二条第一項には、「この法律において「酒類」とは、アルコール分一度以上の飲料(うすめて飲料とすることができるものを含み、アルコール専売法(昭和十二年法律第三十二号)の規定の適用を受けるアルコールを除く。)をいう。」と規定されており、アルコール専売法第二条第一項には、「本法ニ於テアルコールトハアルコール分九十度以上ノアルコールヲ謂フ」と規定されているところ、本件調みりん「総統」なる液体は、原判示によれば、アルコール分約三・八度ないし約四・四度を含有するというのであつて、アルコール含有量の点については、酒税法第二条第一項所定の要件に合致するものであるから、結局、右液体が同条項所定の「飲料」に該当するかどうかによつて、同法上の酒類であるか否かがきまるものといわなければならない。そこで、この点について審究するに、「飲料」ということばは、我々の日常生活上における普通一般の用例に従えば、所論の主張するように、「飲用に供することを主たる目的とする液体」と解するのが妥当であるように考えられない訳ではないが、しかし、国家財政上の必要より、酒税の賦課徴収という特殊の立法目的をもつて制定せられた酒税法の精神に照らして考察するときは、酒税法第二条第一項所定の「飲料」とは、製品のまま、又はこれをうすめて飲用(人がこれを飲んで毒でなく、かつ、不快感を伴わないもの)に供し得られる液体をいうものと解するのが相当であると考えられるところ、これを本件についてみるに、本件調みりん「総統」なる液体は、その実物が現存しないため、これが実体を確認することが困難であるけれども、記録に現われた資料によつて判断するときは、いわゆる調味料として、これをうすめてそばのつゆ等に使用する液体であつて、もとより、飲用に供することを主たる目的とするものではないけれども、人がこれを飲んで毒でなく、かつ、不快感をも伴わず、飲用に供し得られる液体であることが認め得られるのであるから、酒税法第二条第一項にいわゆる「飲料」に該当するものといわなければならない。そうだとすれば、本件調みりん「総統」なる液体は、アルコール分一度以上の飲料で、アルコール専売法の規定の適用を受けないものであるから、酒税法第二条第一項の要件を具備し、同法所定の酒類に当るものというべく、かつ、同法施行令第九条所定の「その他の雑酒」第二級に該当するものと認められるのであるから、原判決が、これと同趣旨の認定をして、酒税法第七条第一項、第四十三条第一項、第五十四条第一項等を適用したことは正当であつて、原判決には、所論のような法令の適用を誤つた違法があるものということはできない。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 中西要一 判事 山田要治 判事 石井謹吾)

大坂弁護人の控訴趣意

第一点原審が本件調みりん「総統」と称する液体を酒類(雑酒第二級)と認定して被告人等に各罰金五万円の有罪判決を言渡したのは、酒税法第二条一項の解釈を誤つたか、或いは同法第七条一項、第四十三条一項、第五十四条一項を不当に適用したものであつて、結局法令の適用を誤つた違法がある。

被告人の行為が原判決判示の如く有罪となるには、本件調みりん「総統」と称する液体が酒類である事を必要とする。然し、右「総統」は酒類ではない。法の解釈は、文理解釈と論理解釈とに分けられるから、此の両面からこれを検討してみる。

一、文理解釈。

酒税法第二条一項は、この法律に於て「酒類」とは、アルコール分一度以上の飲料(うすめて飲料とすることができるものを含み、アルコール専売法(昭和十二年法律第三十二号)の規定の適用を受けるアルコールを除く。)をいうと規定している。ところが本件調みりん「総統」は、原審が判決の理由中でも判断している如く、そばのつゆにうすめて使用する調味料である事は、明白なる事実であるから、この点に関する詳細なる説明は省略し、斯る醤油やソースと同じ様な調味料が、同条所定の飲料に該当するかどうかを考えてみたい。

思うに酒税法第二条所定の飲料の定義には、次の二つの見解がなり立ち得る。A説 飲む事を主たる目的とされる液体が飲料であるとする。B説 飲む事を主目的としないが、飲もうと思えば飲める液体が飲料であるとする。(この説では毒にならない液体は皆飲料となる。)右両説の内、A説は、ビール、サイダー、シロツプ、薬等の飲料たる事を正当に説明し得るもので、最も妥当な常識にかなつた解釈と言える。然るに、B説によると(原判決はこの説に従つたものと思われる)、酢でもソースでも果ては海の水までも飲料となる結論となり、全く常識に合わず妥当を欠く。故に、酒税法第二条の飲料の定義に付ては、A説をとる事が妥当である。若し、酒税法が、B説の如くアルコール分の含まれているもので、口に入るものなら何でも課税しようと言う趣旨で制定されたものならば、奈良漬、わさび漬、ウイスキー・ドロツプ、その他液体でないものにも課税すべき筈であるが、そうでない事は明白であるから、本件の如き調味料までも飲料に含める事はどう見ても不合理である。右B説の見解に従つたと思われる原判決の見解は不当と言うべきである。又、原判決はその理由中で、本件「総統」が、或いはそのままの状態では飲用に供することができないまでもこれをうすめる事によつて十分飲用に供し得られる液体と考えられる旨述べているが、本件「総統」は、うすめてそばのつゆに味をつけるものであつて、うすめてもどこまでも調味料としてしか供されないものであり、シロツプのエキスの如くうすめても飲料に変化するものでないから、原判決の判断は誤つていると言わなければならない。市販されている味の母と言う塩みりん(調味料)が、醗酵による天然醸造のアルコールが七・八度含まれているに拘らず、酒税の対象となつてない事は(原審証人小林篤生の供述記載参照)、本件「総統」が調味料であつて、飲料でなく、従つて酒類でないことの参考となるに充分である。もつとも右の塩みりんに付ては所轄税務署の免許を受けて之を製造しているようであるが、それは天然醸造により途中でアルコールを醗酵させるからであつて、免許の有無は出来上つた製品が酒類であるか否かを決定しない。酒税法によると、酒類は、清酒以下多くの種類に分類されているが、その何れをみても飲む事を主たる目的とされるものばかりである。只、本件の物件とまぎらわしく思われるのは、「みりん」だけであるが、之は製法も違う事は勿論であるが、正月等には直接飲料にも供されるから、調味料であると同時に飲料であるとも言えるから、本件と同一に論ずることはできない。法律の文理解釈とは、法規の文字や文章に重きを置く解釈方法を言うが、刑罰法規の解釈は、文理解釈を原則とし、類推解釈を許さないと言うのが通説である。之は罪刑法定主義の趣旨から来る当然の結論であるが、以上述べたように飲料の定義を文理解釈すれば、本件調みりん「総統」は、酒類と認定さるべきものではないと確信する。

二、論理解釈。

論理解釈とは、一定の法規につきその精神を論じてその精神から演繹して法を解釈する方法を言うが、酒税法第一条その他によつて同法制定の趣旨を考えると、酒類につき脱税を防ぐのが主であると考えられる。ところが本件の被告人等の行為は、酒の密造ではなく、酒屋から購入した焼酎を「総統」の味をよくするために僅かばかり混ぜたに過ぎない。即ち、酒屋から焼酎を買う際税金を含んだ代金を支払つているので少しも脱税した事にならない。普通の酒類は、税を支払わずにアルコールを作るから、酒税が賦課されるが、本件では酒税を折込まれた代金で焼酎を買つて来てその焼酎を混ずるもの故、本件製品に酒税を課する事は、二重課税のような形になつて不合理である。被告人等の本件「総統」なる調みりんの製造は、焼酎の市販を増し、更に被告人等共同経営のアヅマ商会にも営業税が課せられる事故、国家としては財政上利得こそすれ決して損はない。以上の点と酒税法が税をとることを主たる目的とする法律である事を考え合わせると、本件の「総統」は酒類として酒税をとる必要がないのではなかろうか。天然醸造のアルコールを含む味の母と言う塩みりんが、前述の如く酒税を課せられてない事を思い合わせると尚更である。もつとも右味の母は製造免許を受けているやにも思われるが、酒類製造の免許を必要とするのも、結局は酒税を徴収するためとみるべきであるから、酒税のかからない物件に対する免許と言う事はナンセンスである。従つて、本件の如き物件には、その製造につき所轄税務署の免許も不要と解すべきである。以上酒税法の精神、立法目的から演繹する論理的解釈の面からも、本件の調みりんを酒税の対象となる酒類とみるべきでないと考える。

以上何れの面からするも、本件の「総統」なる調みりんは、酒類と認定すべきでないのに、原判決が之を雑酒と認定したのは、法令の適用を誤つたものであり、その誤りは説明を要せずして明らかに判決に影響を及ぼすべきものであるから、到底破棄を免れないものである。

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